時を越えて届く本
若い頃、尊敬する先輩が「名作だから読んだ方がいい」と言った一冊があった。
その言葉は胸に残ったまま、書店で探すが置いていなかった。
仕事に追われる日々の中で、古本屋を探す余裕もなく、いつしか時だけが過ぎていった。
その本とは「ビルマの竪琴」だ。
主人公は水島上等兵。竪琴(ハープのような楽器)を弾く才能がある。
舞台はビルマ(現在のミャンマー)での日本軍敗戦直後。
音楽を愛する日本兵・水島上等兵が「竪琴」を通して生と死に向き合う物語。「音楽」と「戦争の現実」が強く対照されているという。
人は、生きているあいだに多くの別れを経験する。
会えなくなる人もいれば、手に取れないまま心に残る本もある。
どちらも、ふとした瞬間に思い出の底から浮かび上がり、静かにこちらを見つめてくる。
今日はふと思い出して図書館の棚で探した。その本を見つけたとき、過ぎ去った年月が一度に戻ってきた。
先輩の声、若い自分の迷い、忙しさに押し流された日々。
それらすべてが、ページを開く前から物語の一部になっていた。
人の生死も、別れも、時間の流れも、誰にも止められない。
この本を勧めてくれた先輩は2周り年上の会社の常務だった。55歳の若さで亡くなった。
入院したと聞きお見舞いに行った。すると「僕は死なない。こんなに元気だ」と言って立ち上がってコップの水をごくごく飲んだ。
けれど、言葉や記憶は、思いがけない形で私たちの前に戻ってくる。
読めなかった本が、今になって手元にあるように。
あのとき届かなかった一冊が、今の自分にそっと寄り添う。
それは、失われたものではなく、ようやく巡り会えたものなのだ。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。