広渡川の雨と埋め殺しの計器
『日南市を流れる広渡川と酒谷川で氾濫の危険性が高まっています。
東郷橋と谷之城橋にある観測所で氾濫危険水位を超えたことから、
国土交通省と気象庁は2日午後3時20分ごろ、
広渡川に「レベル4氾濫危険」を発表しました。』
ニュースを聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
32年前、広渡ダムの両岸に地中変位計を埋めた日のことが、雨の匂いとともにふっとよみがえったからだ。
とうとう私にお話が来た。電送プログラムもは未経験であり苦労した。モデムという装置も貧弱であった。
あの計器は“埋め殺し”だった。
一度埋めたら、もう二度と掘り返すことはない。
ただ地中のわずかな動きを感じ取り、1時間に1度、毎正時にデータを送る。
今のように高速通信が当たり前ではなく、アナログ電話回線での電送だった。
とはいえ当時は誰にでもできる技術ではなく断わる会社ばかりだった。
東京のエンジニアリングの会社には「地方の仕事はメンテに苦労するから」と断られたそうだ。
クラックションが鳴ればノイズが乗り、データが途中で崩れることもあった。
そんなときは「再送」という素朴なプログラムが働き、“もう一度、もう一度”と健気にデータを送り直す。
あの小さな計器が、土の中で必死に仕事をしている姿が、今でも目に浮かぶ。
その広渡川が、いま氾濫の危険にさらされている。
ダムは洪水調節が目的だったが、それでも抑えきれないほどの雨が降る時代になった。
線状降水帯や想定外の豪雨――
当時は聞きもしなかった言葉が、いまは毎年のようにニュースを賑わせる。
埋め殺しにした計器は、もう誰にも気づかれないまま、
それでも地中の変化を感じ続けているのだろう。
人は現場を離れても、自分の手で埋めたものは、静かに、確かに、そこに残り続ける。
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