日本の宗教は仏教ではなく日本教
突然、玄関のチャイムが鳴った。
モニターを見ると、温厚そうなシニア女性が二人。
スピーカー越しに断ってもよかったが、まあいいかとドアを開けた。
私は基本、訪問販売にも一応対応する主義だ。
彼らもダメ元で頑張っているのだから、少しくらい話を聞いてあげたい。
新聞、ネット回線、押し買い、屋根、シロアリ、外壁塗装……とにかく飛び込み営業のデパートみたいな玄関だ。
そして今日は宗教だった。
「ありがたいお話があります」
そう言って聖書のチラシを差し出す。
せっかくですが、私は真言密教の信者なので――と丁寧にお断りした。
これは嘘ではない。弘法大師・空海の末端の末端の弟子である。
30年前に独立した頃、迷うこと、悩むこと、不安になることが山ほどあった。
そんな時、取引先の社長に真言宗のお参りへ誘われた。
活動の中心は読経。導師が高齢だったこともあり、5年ほどで修行は一区切りついた。
真言宗は、はっきり言って現世利益だ。
「お大師様に救っていただく」という、実にわかりやすい姿勢である。
一方で、他の宗教はどこか現実逃避の香りがする。
「今は辛いけど、念仏を唱えれば来世は極楽ですよ」と説く。
為政者にとっては、これほど都合のいい思想もない。
その点、真言宗は四十九日で転生すると実にいさぎよい。
だから寺には墓すらなく、一周忌法要も存在しない。
この潔さが、なんとも日本的だと思う。
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